【アパレルDX】先進企業の成功事例を徹底調査

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アパレル業界におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)は、今や避けて通れない経営課題です。

本記事では、先進的なアパレル企業のDX成功事例を紹介します。

オムニチャネル戦略や3Dデザインの活用など、革新的な取り組みとその成果を探り、成功のポイントをまとめているので、自社でDXを推進する際やクライアント企業へ助言・提案をする際に、ぜひ参考にしてください。

目次

アパレル業界におけるDXとは?

アパレル業界におけるDXは、「アパレル業界のバリューチェーン」と「DXによる効果」の2軸で、全体像を整理できます。

「アパレル業界のバリューチェーン」は大きく5つに分類できます。

  • 商品企画・デザイン
  • 調達・製造
  • 流通
  • 販売・マーケティング
  • アフターセールス

また、「DXによる効果」は大きく2つに分類できます。

  • 顧客体験の向上
  • 業務効率化
アパレル業界におけるDXの全体像
アパレル業界におけるDXの全体像
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<代表的なDXテーマの概要>

AIトレンド分析/需要予測

ソーシャルメディアやウェブサイトに投稿された大量のファッション画像をAIで解析し、デザインやカラー、スタイリングなどのトレンドを予測します。

3Dデザイン

コンピューター上で立体的に製品を企画することで、実サンプルを作成することなく、デザイン確認などが可能となります。また、3DCGを用いて、製品イメージを事前に顧客に見せるテストマーケティングが可能となり、量産前の需要検証や先行受注の獲得が行えます。

ブロックチェーンによるサプライチェーン追跡

製品の原材料調達から消費者への配送までの全工程の情報をブロックチェーンに記録し、消費者が、ウェブサイトやアプリなどから簡単に製品の原産地や製造工程、輸送経路などを確認できるようにする技術です。

スマートファクトリー

IoTやAIなどの最新技術を活用して生産工程を自動化・最適化する工場のことで、マスカスタマイゼーションなど、多様化する消費者ニーズに迅速に対応することが可能となります。

バーチャルヒューマンの広告起用

3DCGで作られ、リアルな人間の姿をした仮想キャラクターであるバーチャルヒューマンをTVCMやプロモーション動画、ポスターなどに起用することです。COACHによるバーチャルヒューマン“imma”のキャンペーン起用などの実例があります。

RFIDタグによる無人レジ・在庫管理

RFIDタグを商品の値札に埋め込むことで、一括読み取りによるスピーディなセルフ会計を実現し、無人レジを実現します。 また、リアルタイムで正確な在庫管理が可能となり、品切れや過剰在庫を防ぐことができます。

購買行動のビッグデータ分析(店舗内・ウェブ)

店舗内のセンサーやビーコン、カメラ等で取得した“オフライン”行動データとウェブ・アプリ上での“オンライン”行動データを分析することで、消費者の購買行動を理解し、マーケティングや店舗設計に活用します。

オムニチャネル

店舗、ウェブサイト、アプリなどあらゆる顧客接点で一貫した購買体験を提供する戦略のことです。実店舗とオンラインストアを連携させ、どのチャネルからでも同じ商品を同じ価格で購入でき、在庫情報も共有する仕組みを構築することで、顧客は店舗で商品を試着し、オンラインで購入する、オンラインで購入して店舗で受け取るなどの統合的な購買体験が実現されます。

ショッパブルメディア

SNSなどに投稿する商品画像やビデオコンテンツに、商品の購入リンクを直接埋め込み、視聴者がワンクリックで商品を買えるようにする販売手法です。

One to Oneマーケティング

顧客一人一人の属性や行動データを分析し、個々の嗜好に合わせた商品提案やコミュニケーションを行う戦略です。ウェブサイトやアプリ、メールなどを通じて、それぞれの顧客に最適化された情報を提供します。

ライブコマース

ライブストリーミング配信を通じて商品を販売する手法のことで、インフルエンサーや販売員がファッションアイテムを着用し、リアルタイムで商品の特徴や着こなし方を紹介することで、視聴者の購買意欲を高め、その場で購入できる仕組みを提供します。

バーチャルフィッティング

ARやVR技術を活用して、デジタルサイネージの画面上やウェブ・アプリなどのオンライン画面上で、衣類の試着体験ができるシステムです。

バーチャルショップ

VRや最新の3D技術を活用して、オンライン上に仮想の店舗空間を作り出し、リアルな買い物体験を提供するコンテンツです。顧客は、自分のアバターを操作して店内を自由に移動し、商品を手に取って詳しく見たり、バーチャル試着を楽しんだりすることができます。

オンライン再販

アパレル業界において、過剰在庫となった商品をオンライン上で販売する取り組みのことです。在庫処分の方法としては、アウトレット店舗での販売が一般的でしたが、オンラインでの再販はより多くの顧客にリーチでき、物流コストも抑えられるため、効率的な在庫管理につながります。ブランドの公式サイトやECモールでの販売に加え、サステナブルファッションに特化したプラットフォームとの提携など、様々な再販チャネルが活用されています。

アパレル業界がDXに取り組む背景

アパレル業界がDXに取り組む背景には、「購買行動のオンラインシフト」、「低価格志向の強まり」、「衣料品の供給過多」、「サステナビリティへの社会的要請の強まり」があります。

購買行動のオンラインシフト

ZOZOTOWNなどのECプラットフォームの台頭やD2Cブランドの増加により、2016年にはアパレル業界のEC化率は10%に達しました。2020年のCOVID-19によるパンデミックを機に、消費者の衣服購入行動は急速にオンラインシフトし、アフターコロナとなった現在もEC化率は20%程度で推移しています。

消費者の購買行動がオンラインシフトしたことで、アパレル企業は、自社サイトやアプリの開発、SNSマーケティング、オムニチャネル戦略など、デジタル化への対応が不可欠となっています。

国内のアパレルEC市場概況
国内のアパレルEC市場概況
参考:「電子商取引に関する市場報告書」経済産業省
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低価格志向の強まり

1990年代後半以降のファストファッションブランドの台頭により、衣類の価格は下落し続けてきました。衣類の小売価格は、1990年代初頭と比較すると、半分以下に落ち込んでいる品目もあります。

衣料品の小売価格推移
衣料品の小売価格の推移
参考:「繊維産業の現状と国内外のサステナビリティをめぐる動向等を踏まえた取組の方向性について」経済産業省 製造産業局
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衣類の価格下落には、景気の低迷や所得の伸び悩みにより、消費者の価格感度が高まり、衣類への出費を抑える消費者が増えたという背景があります。

ファッションに対する消費者意識動向
消費者のファッションに対する消費意識
参考:「消費者意識基本調査」消費者庁
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消費者の低価格志向によって、衣料品の価格が下落する一方で、主要な生産拠点が置かれている海外の人件費は上昇傾向にあり、アパレル企業の利益率を圧迫しています。このような環境下、アパレル企業はコスト最適化や業務効率化に向けて、デジタル技術の活用が求められています。

衣料品の供給過多

⽇本繊維輸⼊組合「⽇本のアパレル市場と輸⼊品概況」によると、アパレルの国内供給点数は1990年代初頭と比較して、約2倍にまで増加しており、アパレル業界はまさにモノがあふれている状況です。衣服の供給量増加は、トレンドの短命化によって、アパレルメーカーが毎シーズン、新商品を大量投下してきたことが要因となっています。また、ボーダレス化によって海外ブランドの国内進出が進んできたことも要因の一つです。Sheinのようなグローバルな越境EC事業者の台頭により、ユーザーはプラットフォームを通じて、世界中のブランドをいつでも購入可能となりました。

モノが溢れ、消費者に選ばれる難易度が高まってきた中で、アパレルメーカーはデジタルを活用した顧客体験やブランドロイヤルティの向上、トレンドの正確な予測とスピーディな対応などが求められています。

サステナビリティへの社会的要請の強まり

気候変動・森林伐採・海洋汚染などの環境問題が急速に深刻化している中で、企業活動におけるサステナビリティへの対応が求められています。アパレル業界は、そのグローバルなサプライチェーンやサンプル品・売れ残り品の廃棄などを通じて、地球環境に影響を与えており、ファッション業界は世界で第2位の汚染産業とも言われています。アパレルメーカーは3Dモデリングによるサンプル品を作らない商品設計や中古品のオンライン再販など、デジタル技術を活用して、サステナブルなビジネスへと転換していくことが求められています。

アパレル業界における環境負荷
アパレル業界における環境負荷
参考:「ファッションと環境」環境省
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アパレル業界におけるDXの成功事例

「オムニチャネル」の成功事例:ナイキ

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スポーツファッションブランド「ナイキ」が、アプリと直営店舗を連携させたオムニチャネルによって、優れた顧客体験を実現した事例を紹介します。

事例の概要
DXテーマオムニチャネル
バリューチェーン販売・マーケティング
DXによる効果顧客体験の向上
紹介企業ナイキ
アパレル業界におけるDXの全体像

2017年に開催されたナイキのInvestor Dayにて、当時のCEOであったMark Parker氏は、スマートフォンが中心となった世界において、オンラインとオフラインの顧客接点を統合し、シームレスな顧客体験を実現することの重要性を強調しました。そして、「Consumer Direct Offence」と呼ばれる新たな経営方針を発表しました。

この経営方針は、「Triple Double」戦略を軸としており、自社チャネルへの投資を増やすことで、顧客とより直接的につながり、迅速かつパーソナライズされたサービスを提供することを目指すものでした。

NikeのTriple Double戦略とは? (クリックして開く)

2X Innovation、2X Speed、2X Directという“3つの2倍”を柱としている。具体的には、「イノベーションのペースと影響力」、「市場投入までのスピード」、「消費者との直接的なつながり」をそれぞれ2倍に強化することで、急速に変化する消費者ニーズに対応し、競争力を高める戦略である。

ナイキは「Consumer Direct Offence」の発表を機に、従来の小売業者を通じた販売から、D2C(Direct to Consumer)へと急速にチャネル戦略を転換し、直営店舗およびアプリ・ウェブサイトを統合したオムニチャネル戦略を推進しました。

取り組み内容

ナイキは、オムニチャネル戦略を推進していくにあたり、百貨店などの小売パートナーやAmazonでの自社商品の販売を中止しました。
(補足:なお、その後2023年にメイシーズとの卸売契約を再開するなど、D2Cが効果的なプロダクト領域・地域を判断しながら、直販と小売りのバランスを調整している)

オムニチャネル戦略の展開においては、まずアプリポートフォリオによってデジタル顧客接点を獲得しました。そして、アプリと連携することで顧客体験が強化される直営店舗を展開することで、デジタルとリアルの融合を図りました。

アプリポートフォリオによるデジタル顧客接点の獲得

ナイキは、顧客と直接つながるデジタル接点として、「NRC(Nike Running Club)」、「NTC(Nike Training Club)」、「Nike SNKRS」、「NIKE」 の4つのスマートフォンアプリを展開しました。

「Nike SNKRS」はスニーカーに特化したECアプリ、「NIKE」はナイキ商品全般を扱うECアプリです。これらのアプリでは、限定オファーや先行販売などの特典を提供することで、ナイキユーザーを惹きつけ、ユーザー数を拡大していきました。

一方、「NRC」と「NTC」は、それぞれランニングと自宅トレーニングに特化した無料アプリです。これらのアプリは、ナイキユーザーとの接点を多様化し、ブランドロイヤルティの向上に寄与しました。さらに、ナイキ商品を購入していない消費者とも接点を形成し、アプリ内でランニングシューズやトレーニングウェアのオファーを提供することで、新たなナイキユーザーの獲得にも貢献しました。

これら4つのアプリを利用するには、ユーザーはまずナイキメンバーシップへの会員登録が必要となっています。会員登録により、ナイキはユーザーをID単位で管理できるようになります。そして、ユーザーの属性データや行動データをもとに、パーソナライズされたオファーやコンテンツを提供することで、ブランドロイヤルティの高いユーザーへと育成し、LTV(Life Time Value)の拡大を図りました。

LTVとは? (クリックして開く)

LTVとは「顧客生涯価値(Life Time Value)」の略称であり、ある顧客が自社の商品・サービスの利用を開始してから終了するまでの期間に、その顧客からどれだけの利益を得ることができるのかを表す指標である

FY23第4四半期のEARNINGS CALL official transcriptによると、同期間中に、全世界(中華圏を除く)における4つのアプリの合計利用者数が5億人を超えたとしており、ナイキは業界内で圧倒的なデジタル顧客接点を保有するに至っています。

ナイキのアプリポートフォリオ
ナイキのアプリポートフォリオ
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アプリと連携することで顧客体験が強化される直営店舗の展開

ナイキは「NIKE」アプリと直営店舗を連携させることでオムニチャネルを実現し、顧客に優れた購買体験を提供しています。ナイキのオムニチャネルでは、来店前、商品の見回り・試着、購入、返品という一連の購買フローにおいて、アプリと実店舗がシームレスに連携します。

来店前においては、アプリユーザーがナイキ直営店舗の近くにいる際、オファーや特典のプッシュ通知が届きます。また、アプリ上でお気に入り登録した商品が近くの店舗で入手できる場合も通知され、在庫をリアルタイムで確認し、試着のために48時間取り置きできます。

店内では、気に入った商品のタグをアプリでスキャンすることで、サイズやカラーなどの商品情報や在庫の状況を確認できます。アプリ上で試着リクエストを行えば、店舗スタッフが商品を持ってきてくれます。

商品購入時には、アプリ内のメンバーパスを提示することで特典を利用できます。店舗で見つけた商品をアプリでスキャンし、アプリ内で購入することも可能です。購入時にメンバーパスをスキャンしておけば、店頭での購入内容がアプリ内に保存され、返品時に領収書が不要になります。

さらに、ナイキはBOPIS(Buy Online Pick-up In Store)にも対応しており、アプリで購入した商品を手数料なしで店頭ピックアップできます。米国の店舗などでは、カーブサイドピックアップというサービスも提供され、駐車場で車から降りずにオンラインで注文した商品を受け取れます。

ナイキのオムニチャネル戦略
ナイキのオムニチャネル戦略概要
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成果

ナイキのD2C売上(アプリや直営店での売上)は、2023年に約200億ドルを突破しました。これは、小売経由の売上を合わせたブランド全体の売上の約44%を占める規模です。

2017年から2023年までのD2C売上のCAGR(年平均成長率)は約15%に達しています。COVID-19パンデミックによって小売業界全体が打撃を受けた中にあっても、ナイキブランドは継続的な売上増加を実現することができましたが、D2C売上の成長がその原動力となっています。

ナイキのD2C売上推移
ナイキのD2C売上推移
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取り組みのポイント・工夫

ナイキのオムニチャネルの成功において、以下3点がポイントになったと考えられます。

  1. 消費者視点で考えた会員獲得戦略
  2. データを活用したデジタル・リアルの顧客体験向上
  3. M&Aによるケイパビリティ強化

1) 消費者視点で考えた会員獲得戦略

ナイキがオムニチャネル戦略に成功した要因の一つは、デジタル接点を通じて膨大な会員基盤を築いたことだと考えられます。ECアプリでは限定オファーや特典などを提供し、ナイキユーザーの会員登録を促進しました。さらに、ランニングアプリやトレーニングアプリを通じて、ナイキユーザーではない消費者も会員化したことが、数億人規模の会員基盤構築につながりました。自社のターゲット消費者の視点に立ち、求められているサービスを検討し、アパレル事業の枠を超えたサービスを展開したことが重要なポイントでした。

2) データを活用したデジタル・リアルの顧客体験向上

会員化を通じて取得した顧客データを活用し、パーソナライズされたオファーやコンテンツを提供することで、非ナイキユーザーのナイキ商品購入促進や、ナイキユーザーのブランドロイヤルティ向上を図ったことも、オムニチャネル戦略の成功につながったと考えられます。さらに、ナイキはアプリユーザーの属性・購買データを用いて、各地域の店舗の品揃えを最適化するなど、デジタル・リアルの両面でデータを活用し、顧客体験の向上に努めています。

3) M&Aによるケイパビリティ強化

ナイキは、オムニチャネル戦略を推進するにあたり、モバイルアプリ開発、データ分析、データ統合などのケイパビリティをスタートアップ企業の買収によって強化してきました。デジタル・リアルの接点を通じて取得した膨大なデータを統合し、AIで解析してニーズを把握しながら、アプリでパーソナライズされた体験を提供していくうえで、M&Aは重要な役割を果たしたと考えられます。

買収企業買収企業のケイパビリティ
2016年Virgin Mega USA社モバイルショッピング機能の開発
2018年ZODIAC社消費者データ分析
2018年INVERTEX社コンピュータービジョン技術の開発
2019年CELECT社AIを駆使した小売り需要予測
2021年Datalogue社データ統合プラットフォーム

<参考情報>

ナイキ IR情報 (https://investors.nike.com/)
ナイキ ウェブサイト (https://www.nike.com/)


3Dデザイン」の成功事例:PVH社

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世界的なアパレル企業「PVH」が、3Dデザインを導入し、デザインプロセスの生産性を向上させた事例を紹介します。

事例の概要
DXテーマ3Dデザイン
バリューチェーン商品企画・デザイン
DXによる効果業務効率化
紹介企業PVH Corp.
アパレル業界におけるDXの全体像

Calvin KleinやTommy Hilfigerなどのブランドを展開する世界的なアパレル企業であるであるPVH社は、「We power brands that drive fashion forward for good.」を掲げ、持続可能な方法で、自社のブランドとビジネスの成長を推進することを重視しています。

そういった中で、PVH社はビジネスの生産性向上とサステナビリティの観点から、デザインプロセスにおけるDX(デジタルトランスフォーメーション)、特に3Dモデリングの活用に注目し、2017年から3D設計機能の試験運用を開始してきました。

2019年、PVH社は3Dデザインの実用化を実現するために、自社のデザイン業務のデジタル化に特化した社内スタートアップであるStitch 3D社を設立しました。Stitch 3D社では、PVHのデザイナーやパタンナー、ソフトウェアエンジニア、3Dデザインの専門家、browzwear社などのスタートアップ企業が協力し、試行錯誤を重ねながら、クラウドベースの3Dアセット管理および高品質な自動レンダリング機能を備えたプラットフォーム「Stitch Hub」を開発しました。

Stitch Hubは以下のような機能を提供しています。

3Dアセット管理

カラーブロックや装飾、生地、縫い目などの3Dアセットをライブラリとして保存可能

自動レンダリング機能

レンダリング(商品の3Dモデルに光の反射や影、素材の質感などを再現し、リアルな見た目にすること)作業について、ユーザーがレンダリング設定を一度行えば、その設定に基づいて自動的にレンダリングを実施。Stitch Hubでは、すべてのカラーバリエーションについて、5つの異なる角度からの3D画像を、自動で30分以内に生成可能。

コメント機能

ワークスペースをチームで共有し、コメントでフィードバックを送受信可能。メールやチャットツールなどに散在していたコミュニケーションが、1つのプラットフォーム上に統合されることで効率性が高まる

従来のデザインプロセスでは、デザイナーがスケッチを手描きで作成し、パタンナーが紙パターンを作成、サンプル縫製を行って実物の試作品を作成し、それをもとに修正を繰り返すという手順が一般的であり、この過程では、多くの時間と労力、コストがかかり、デザインの変更や修正にも時間を要していました。
PVH社はStitch Hubをデザインプロセスに導入することで、実物のサンプル作成に頼ることなく、デザインの検討や修正を迅速に行えるようになり、デザインプロセスの生産性を向上させました。

また、PVH社2014年に立ち上げたHatch社で、小売企業への卸売りプロセスにおいて、サンプル商品を不要にするデジタルショールームを開発しています。デジタルショールームでは、各シーズンコレクションの全アイテムをデジタルで閲覧でき、全身のルック表示や細部の拡大、色やサイズなど具体的な情報の確認が可能です。2020年以降、Hatch社はPVH社のブランドにおけるデジタルショールームの知見を活用し、SaaSモデルとして他のアパレル企業へのサービス提供も開始しました。

2022年、Hatch社とStitch 3D社は統合されてStitch社となり、デザインプロセスと卸売プロセスにおけるデジタル活用がよりシームレスに連携されるようになりました。
(補足:2023年、Stitch社はデジタルショールーム部門をFashion Cloud社へ売却し、3Dデザイン部門であるStitch HubはPVH社へと吸収されました。)

Tommy Hilfigerの2020年秋シーズンでは、メンズドレスシャツがすべて3Dデザインとなっているなど、PVH社は2025年のすべての商品の3Dデザイン化を目指して、着実にデザインプロセスへの3Dモデリングの導入を進めています。

3Dデザインの導入により、PVH社は以下のようなメリットを享受しています。

  • 物理的なサンプルや写真が不要となることによるコスト効率の向上
  • デザインプロセスの効率化による市場投入までの時間短縮

PVH社の2020年CRレポートによると、Stitch Hubを利用することで、デザイナーはプロトタイプ作成にかかる時間を従来の数週間から数時間に短縮できるようになりました

経営指標を見ると、COVID-19の影響で一時的に落ち込んだものの、粗利率は徐々に上昇しており、パンデミック以降は60%程度で推移しています。これは、3Dデザインの導入による生産性向上が一因である可能性があります。

PVH社の粗利率推移
PVH社の粗利率推移
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PVH社の3Dデザインの推進において、「社内人材の意識改革・育成」がポイントであったと考えられます。

社内人材の意識改革・育成

長年にわたり従来の手法でブランドの商品を生み出してきたデザイナーやパタンナーたちは、3Dによるデザインプロセスの変革に対して抵抗を示すことは十分に予想されます。そこでPVH社は、ブランドのデザインプロセスへの3Dデザインの導入を推進する一方で、Stitchアカデミーと呼ばれる3Dデザインの研修・教育プログラムの立ち上げにも注力しました。

PVH社の主要ブランドであるCalvin KleinやTommy Hilfigerでは、デザイナー、パターンメーカー、フィッティング技術者、製品開発者、マーチャンダイザーなど、デザインに関わる全員がStitchアカデミーを受講しています。Stitchアカデミーでは、受講者が3Dデザインのスキルや知見を身につけるだけでなく、なぜ3Dが必要で、どのようなメリットがあるのかを理解することで、意識改革を促していると考えられます。

このような取り組みにより、PVH社はデザインプロセスの変革に対する社内の抵抗を最小限に抑え、3Dデザインの導入をスムーズに進めることができたと考えられます。

<参考情報>


AIトレンド予測/需要予測」の成功事例:インディテックス社

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世界的なSPA企業「INDITEXインディテックス)社」が、AIトレンド予測・需要予測により、在庫効率を高めた事例を紹介します。

事例の概要
DXテーマAIトレンド予測・需要予測
バリューチェーン商品企画・デザイン
DXによる効果業務効率化
紹介企業INDITEX
アパレル業界におけるDXの全体像

インディテックス社は、世界的なファッションブランド「ZARA」を展開する業界最大手のSPA(製造小売業)です。

SPAとは? (クリックして開く)

SPA(Speciality store retailer of Private label Apparel、製造小売業)とは、小売業がオリジナル商品を製造するビジネスのことで、商品の企画から生産、物流、販売までの機能を垂直統合することで、顧客ニーズを捉えながら、低価格かつ迅速に商品を市場投入できる

ファストファッションでは、タイムリーにトレンドにあった商品を店頭に並べることが重要なため、一般的にはシーズン前にデザイナーがトレンドを予想し、そのシーズンに販売する新商品をデザインして、大量生産しておきます。

一方、ZARAは独自の方法を採用しています。シーズン当初は最低限の在庫を持ち、店頭での売れ行きを通じて顧客ニーズを把握しながら、シーズン中に新商品を開発・販売していくのです。

これを可能にしているのが、インディテックス社のグローバルで統合された高効率な生産・物流体制です。新商品をデザインしてから店頭に並べるまでにかかる時間はわずか2~3週間としています。(競合の場合、一般的に新商品の開発には1か月~2か月程度かかる)この強みを活かし、ZARAは全世界の約2,000店舗へ毎週2回新作を届け、常に最新のトレンドを取り入れた鮮度の高い品揃えを実現しています。

しかし、持続可能性への社会的要請が高まる中、トレンドファッションを提供する会社として過剰在庫や大量廃棄を避けるため、より正確なトレンド予測・需要予測の実現について検討していました。

2018年より、インディテックス社は機械学習を用いたファッショントレンド予測・需要予測に注力しています。この取り組みにおいて、AI消費者行動予測プラットフォームを開発するJetlore(後にPayPalが買収)などと提携を行っています。

具体的には、消費者のサイズ、色、フィット、スタイルの好みなどを予測し、その情報を商品開発や生産に活用することで、過剰在庫を最小限に抑えることを目指しています。この革新的なアプローチにより、インディテックス社は持続可能性と収益性の両立を図っているのです。

ZARAの売上は、COVID-19の影響により2020年に一時的な落ち込みを見せましたが、オンライン売上の増加などを背景に、2022年以降はパンデミック前を上回る水準に回復しています。

在庫管理に関しては、2021年にサプライチェーンの混乱に備えて一時的に在庫を増やしたものの、在庫回転率は徐々に改善傾向にあります。これは、顧客ニーズを的確に捉えた新商品の提供と、需要予測に基づく適切な在庫管理の成果であると考えられます。 さらに、在庫の投資効率を表す指標である交叉比率は、2023年にはコロナ前の絶好調だった2019年並みの水準に達しています。このことからも、インディテックス社のAIを活用したトレンド予測の取り組みが、業績改善に大きく貢献していることがわかります。

在庫回転率・在庫交叉比率とは?(クリックして開く)

在庫回転率とは、「売上原価÷((期首在庫高+期末在庫高)÷2)」によって求められ、定期間内に在庫がどの程度入れ替わったかを示す指標である

在庫交叉比率とは、「在庫回転率×粗利益率」によって求められ、商品への在庫投資がどれだけ売上総利益につながっているかを示す指標である

インディテック社の在庫効率性指標
インディテック社の在庫効率性指標
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インディテックス社がAIを活用したトレンド予測・需要予測に成功した背景には、「サプライチェーン全体の可視化」が大きなポイントとなっていると考えられます。

サプライチェーン全体の可視化

AIを用いて正確なトレンド予測・需要予測を行うためには、サプライチェーン全体を可視化し、実際の商品の売れ行きを正確に把握することが不可欠です。

ZARAは、競合他社とは異なり、サプライチェーンにおけるアウトソーシングを最小限に抑えているため、サプライチェーン全体を高度に統合・コントロールできています。さらに、物流や在庫管理にRFIDなどのデジタル技術やシステムを導入することで、サプライチェーン全体でデータを収集し、特定のデザイン・カラーの商品がサプライチェーン上のどこにあるかをリアルタイムに把握できる体制を整えています。

これらのデータを活用することで、ZARAは正確なトレンド・需要予測を行い、顧客ニーズに合った新商品を高頻度で市場に投入することが可能になっているのです。

<参考情報>


以上が、「製薬業界におけるDX」の成功事例となります。

各社の取り組みのポイントや工夫については、アパレル業界に限らず、他業界でも参考になる点が多いです。
是非、自社やクライアントがDXに取り組む際に、参考にしてみてください。

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